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大阪地方裁判所 平成10年(ヨ)838号 決定 1998年4月27日

債権者

守屋圭三

債務者

ソニーマーケティング株式会社

右代表者代表取締役

小寺淳一

右代理人弁護士

長谷川宅司

黒田清行

主文

一  本件申立を却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

債権者が、債務者「西日本商品情報センター」に勤務する義務のない地位にあることを仮に定める。

第二事案の概要

本件は、債務者の従業員である債権者が、債務者のした配転命令が労働契約違反ないし人事権の濫用等に当たり無効であるとして第一記載の地位保全の仮処分を求めている事案である。

一  債権者の主張の要旨

債権者は、ルートセールスの営業社員として債務者に中途入社したが、労働契約において特約店担当のルートセールスの特約があった。債権者は、平成一〇年三月一六日、ルートセールスとは全く業務内容を異にする西日本商品情報センター(以下「本件センター」という)に同年四月一日から異動せよとの命令を受けた(以下「本件異動」又は「本件配転命令」という)。

本件配転命令は、次の理由から無効である。

1  ルートセールスの特約を一方的に破棄するもので労働契約違反である。

2  恣意的であり必要性、合理性がない。

3  企業内における権限を私的制裁に利用したもので人事権の濫用である。

4  本件センターでの給与は、セールス手当の無いものであり、これは、一方的な労働条件の改悪であって違法である。

二  債務者の主張の要旨

債権者は、正社員として債務者に雇用されたものであり、担当職務をルートセールスの営業社員に限定する特約はなかった。

第三当裁判所の判断

一  疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  債権者(昭和二二年生で高卒)は、大阪中央ソニー販売株式会社(債務者の前身)が中途採用として募集した営業社員の求人広告(以下「本件求人広告」という)により昭和四七年三月一日付けで同社に入社し、浪速営業所に配属となり営業担当として勤務をしていた。

2  その後の債権者の異動は、次のとおりである。

(一) 昭和五〇年三月、同社北営業所に異動となり、同じく営業担当を経験した後、機構改革により大阪ソニー販売株式会社に社名変更となった北営業所において、昭和五一年一月、営業担当を外れ、受注、販促物、カタログ管理等を担当する業務に異動した。

(二) 昭和五一年一〇月、同社吹田センター(商品の発注及び出荷手配の管理が主業務)に異動したが、この吹田センターにおいてはセールスを担当せず、アクセサリー、小物商品、他社仕入商品等の発注・出荷手配等を行う物流グループに所属し、ソニー商事株式会社への商品発注業務を担当していた。

(三) 昭和五三年一一月、浪速営業所(昭和五八年四月、社名が関西ソニー販売株式会社となった)に異動となって営業を担当し、昭和五九年八月、同社中央第二営業所に所属し、昭和六一年一〇月、機構改革により関西中央ソニー販売株式会社中央営業所に所属し、それぞれ営業を担当した。

(四) 平成元年九月、中央営業所内の組織変更に伴い同営業所営業三課から営業二課(地域開発担当)に異動となった。

(五) その後、同社第四営業所(ボトムアップ店担当)を経て、平成三年四月、全国二〇社のソニー販売会社を合併して設立されたソニーコンスーマーマーケティング株式会社のリージョン関西CPC営業部に所属し、ソニー株式会社が製造する情報家電機器の商品営業を担当した。以後、平成四年に株式会社大阪アビックの店舗の一部を含むセールスプロモーションを担当し、平成七年八月から株式会社大阪アビックの全店舗を担当していた。

(六) 平成九年四月一日付けでソニーの国内営業部門の機構改革が行われ、ソニーのカテゴリー別、販売経路別販売会社とソニー株式会社の国内マーケティング部門が統合され、現商号の債務者が発足したが、債権者は、同年一〇月一日付けで債務者の関西支社関西第一支店FD(フィールドデベロプメントの略)営業グループに異動となった(FD営業所勤務)。FD営業グループは、債務者の特約店のうち売上の少ない店舗に対し電話、カタログ等によりソニー製品の情報を提供することを主な業務とするものである。

3  本件求人広告には、「営業社員 ソニー特約店担当」との記載があるが、応募者資格として、学歴(高卒以上)、年齢(二五歳まで)を除いて、職務経験の有無を問うてはいなかった。

4  入社前に債権者が交付を受けていた債務者の就業規則には、「会社は業務上必要と認めた場合、社員に対して異動(配転、転勤、転籍、出向等を含む)を命ずることがあります」との規定(三五条)がある。そして、債務者には、ルートセールスとして職種を限定した職務は存在せず、いわゆる総合職、一般職という職種区分もない。

5  債務者の営業業務の実態は、主としてソニー株式会社が製造するソニーブランド商品を債務者と取引基本契約を締結した小売店(以下「ソニー特約店」という)に対し卸販売を行うことであり、不特定多数の客に対し販売を行うものではないが、新規取引店の開拓や販売促進活動等も営業業務に含まれている。債務者の販売体制としては、ソニー特約店を販路別、地域別に区分し、各営業拠点としての営業所が担当することとなり、これに携わる営業社員には特段の区別はなく、その時々の経営状況に相応しい営業体制を編成していた。そして、営業社員の担当店舗においては、債務者の都合や顧客(ソニー特約店)からの要望及び各人のキャリアプラン等によって定期的にセールスの担当替えが行われていた。すなわち、同じ部署内でも担当替えや職務の変更はあるし、むしろ、債務者においては、社員の育成やキャリア開発の一環として、営業系から業務・管理系への異動、業務・管理系から営業系への異動や異なる地域の経験等を含むジョブローテーションが積極的に実施されていた。債務者は、セールスカンパニーであるから相対的に営業的職務に従事する人員は多いが、前記のような社内異動は日常的に行われていたというのが実態であり、営業系から業務・管理系への異動やその逆の異動は、平成九年度は三八人、平成八年度は六八人、平成七年度は六七人について行われた。

6  債務者関西支社の関西第一支店におけるFD業務は、橋爪副長と債権者の二名が担当していたが、FD取引店の減少に伴い、セールス効率上、一名体制とする必要が生じた。そこで、債務者は、FD業務に関する経験の浅い債権者よりもFDグループの責任者である橋爪副長に引き続きFD業務を担当させるのが適切であるとの判断をするに至った。

7  一方、債務者関西支社内の販売業務部門受注管理部である本件センター(ソニー特約店からの受注と物流管理をその業務とし、具体的には電話、ファクシミリによる受注の応対、イントラネットを利用した受注と物流管理を主な業務とする)においては特約店からのインプットミスや商品の型番違い等のエラーデーターの急速な増加が予想され、このための要員体制の強化が必要な状況にあった。そこで、債務者は、セールスの経験者であり、商品知識、コンピュータ知識等を有する債権者がその能力、経験を生かして活躍するのに本件センターは適切な職場であると判断し、債権者に対し、平成一〇年三月九日、本件配転命令を内示し、同月一六日、本件異動を債務者の社内で発表した。

8  本件異動は、職種の変更は伴うものの特約店からの受注についての関連業務であり、勤務場所も同一社屋内(ソニー大阪第二ビル)の五階(FD営業グループ)から六階(本件センター)への異動であって、通勤等で債権者が不利益を受けるということはない。

ところで、債務者においては、セールス手当は、当該職種の性質上日々の業務活動の時間管理がしにくいために超過勤務手当(残業手当)が支給されないことの代償として支給されるものであるところ、本件センターにおいてはセールス手当の支給はないものの超過勤務手当の支給はされる。

9  債権者は、平成九年九月二五日、債務者の取引先の代表者らを被告として、他社の内部的な業務上の出来事を内容とする損害賠償等請求訴訟を大阪地方裁判所に提起した。右訴訟は、現在、係属中である。

二  前記の事実に基づき検討するに、本件求人広告には「営業社員 ソニー特約店担当」との記載があったが、応募者資格として、学歴(高卒以上)、年齢(二五歳まで)を除いて職務経験の有無を問うてはいなかったし(なお、募集広告は、契約申込の誘引にすぎないもので、その内容がそのまま労働契約の内容になるものではない)、債権者が入社前に交付を受けていた債務者の就業規則の規定(三五条)および債権者の入社後の債務者内での異動状況等も併せて考慮すると、債権者と債務者との間の労働契約には債権者の主張するようなルートセールスに職種を限定するとの特約はなかったものと認められる。

また、前記事実関係に照らせば、本件配転命令は、債務者の業務体制の見直しに伴う必要かつ相当なもので、人選も債権者の職歴と能力を考慮したもので合理的理由があると認められる。本件配転命令が恣意的であって必要性、合理性がないとか、企業内における権限を私的制裁に利用したものであって人事権の濫用であるとの債権者主張事実を認めさせる疎明はない。

次に、債権者は、「本件センターでの給与は、セールス手当の無いものであり、これは、一方的な労働条件の改悪であって違法である」旨の主張をするが、セールス手当は超過勤務手当が支給されないことの代償として支給されるものであるところ、本件センターにおいてはセールス手当の支給はないものの超過勤務手当が支給されるのであるから、本件異動により債権者が不当に不利益になるとはいえない。

その他、本件異動によって債権者が従前と比べて著しく不利益になるとのことを認めさせる疎明はない。

三  以上によれば、債権者の本件申立ては、被保全権利の疎明がないからこれを却下すべきである。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 中田昭孝)

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